宇都宮家庭裁判所大田原支部 昭和57年(家)203号 審判 1982年5月21日
申立人 大沼康二
事件本人 所良子
主文
申立人の本件申立を却下する。
理由
(本件申立の趣旨)
申立人は、事件本人につき後見人の選任を求め、その理由として次のとおり述べた。
事件本人は申立人の長女であるが、昭和五四年二月一九日所サチと養子縁組をしその養子となつていたところ、同女が昭和五七年一月一六日死亡し事件本人につき後見が開始したので本件申立に及ぶ。
(当裁判所の判断)
未成年者が養子縁組をしたときは実親の親権を脱して養親の親権に服することになり(民法八一八条二項)、その結果養親が実親に優先して専ら養子に対しその親権を行うことになるが、それは養親が生存し現実にも親権を行使しうる状態にある場合のことであり、もし養親が死亡し養子に対する親権を行使する者がいなくなれば離縁等の手続をまたずして当然再び実親の親権に服することとなるものというべきである。
ところでこの点については離縁の場合には再び実親の親権に服することになることを認めながら、養親死亡の場合には法律上未だ縁組が解消していないことを理由に養子は実親の親権に当然服することなく後見が開始するとする見解があり、本件申立もこのような見解の下になされたものと思われるが、養子縁組の結果実親は親権を喪失したものと解すべきではなく、実親は親権を失わないが、唯養親が優先的に親権を行使する限りにおいて実親の方はその間親権の行使を停止されている状態にあるにすぎないものというべきであり、従つて養親において死亡等により親権を行使し得ない状態に立ち至れば法律上当然に実親の親権はその停止を解かれ、養子は再び実親の親権に服することとなるものというべきである。それにまた、養親の死亡の場合にはこれにより養親の血族との法定血族関係が当然には消滅しない点において離縁と異なることはあつても、これにより養親が養子を監護養育する現実の法律関係が消滅することは離縁の場合と何ら異ならないのであるから、離縁の場合に養子が再び実親の親権に服することを認めるのであれば、養親死亡の場合にも同様の結論を認めるのが妥当というべきである。
まして本件においては事件本人を現に監護養育しているのは申立人ら実親であるから、このような場合にもし再び事件本人が申立人ら実親の親権に服しないものとすると、申立人はおそらく実親でありながら後見人として事件本人の監護養育にあたることとなろうが、このような結果は我々の国民感情からしても甚だ奇異な感じを免れず到底受け入れ難いものというべきである。
ところで戸籍謄本によれば事件本人は申立人の長女であり、所サチの養子となつていたところ、同女が死亡したことが認められるが以上からすると本件では事件本人は現に申立人ら実親の親権に服しており、従つて同人については未だ後見は開始していないものというべきであるから、申立人の本件申立は失当として却下を免れない。
(家事審判官 松井賢徳)